Piano
さまざまな管楽器のために「ソナタ」を書いてきた。
高校時代には《フルート・ソナタ》(1979)を、それから外囿祥一郎さんに《ユーフォニアム・ソナタ》(2005)を、いずれも調性によるきわめて古典的な形式による。
宮村和宏さんのために《オーボエ・ソナタ》(2017)を書いた際には、名作サン=サーンスやプーランクの延長上にある調性のソナタを、という「制約」を設けられたことで、「ソナタ形式」についてもう一度考えてみた。
西洋音楽というものは、ある限られた時間を音で構築する芸術だと思う。そのために複数のメロディを登場させたり、さまざまに展開、転調など技法を凝らしたりという、作曲家の工夫の妙味を楽しむものだと思う。
《オーボエ・ソナタ》に続いて、玉木 優さんに《トロンボーン・ソナタ》(2019)を、磯部周平さんに《クラリネット・ソナタ》(2021)を書いた。こうなると「ソナタ」を書くことは自分にとってのライフワークの一つと位置付けても良いのかもしれない。数で言えば、サン=サーンスやプーランク、ドビュッシーをこえたし。(ただしこれ以上書いたらヒンデミットになってしまうぞ)。
いずれのソナタにも通じることは、派手さこそはないものの、西洋音楽の醍醐味たる形式の美しさや、調性の構造などにはかなり工夫を凝らしたということだ。
全体は切れ目のない3つの楽章からなる。
ヴィルトゥオジティはあまり求められないながらも、玉木さんの素晴らしいテクニックと表現力に頼んで、きわめて広範囲の音域と、闊達に動き回るフレーズを書いた。
第1楽章は変ロ短調、ソナタ形式(提示部の繰り返しは、反復記号ではなくすでに楽譜に書かれている)。
第2楽章はト短調。間にト長調を挟むいわゆる三部形式と言ってよいだろう。
第3楽章はロンド形式ふうな展開。最後に第1楽章の第1主題が再現される。
そして、第2楽章には、自作のオペラ《ある水筒の物語》(高木 達 台本)のメロディを引用している。そのことについて少々記しておく。
このソナタの作曲直前にこのオペラを作曲、2019年5月31日、6月1日に初演された。
第二次世界大戦末期の1945年6月、静岡県静岡市での「静岡空襲」の際、2000名以上の日本人犠牲者が出たことに加え、2機のアメリカ軍のB29が空中衝突し、アメリカ兵23名も亡くなった。「死んでしまえば敵も味方もない」と、毎年B29の戦没者追悼の慰霊祭が行われている。それを何十年も継続されている静岡の医師・菅野寛也先生のお名前をここに書いておこう。このオペラは敵味方をこえた慰霊・追悼をテーマとしている。
そして第1幕第5場には、老夫婦とその息子(戦地で亡くなった兵士の霊)による三重唱がある。このメロディは、初演後も多くの関係者の間で印象に残っていたようで、オーケストラの奏者たちも口ずさんでいた。
と、ふと気づいたのは、《トロンボーン・ソナタ》は、アメリカで初演が予定されている。かつて敵国関係にあったアメリカと日本との間にこんなことがあったという記憶のために、このメロディを引用しようと考えた。
ところが、奇妙なことに、予定されていたアメリカ初演は叶わなかった。また今年の7月にもアメリカでの演奏が予定されていたにも関わらず、結局プログラムに収めらなかった。なんとも異な事である。
世界初演は、2019年9月29日、デンマークのセナボーにあるアルシオン・コンサートホールでの玉木 優リサイタルにて。日本初演は、同年12月1日、東京新大久保のダ・カーポ地下ホールにて。またNHK大阪ホールにて公開収録され、2020年3月1日と8日にはNHK-FMの「リサイタル・パッシオ」でオンエア。
なお、吹奏楽伴奏版である《トロンボーンと吹奏楽のためのソナタ》は2021年9月26日、玉木 優のトロンボーン、オオサカ・シオン・ウインド・オーケストラ(指揮:齋藤一郎)により初演。ピアノ伴奏版とほぼ同じであるが、若干の相違点がある。
(伊藤康英)