「音楽教師、最後の10年」:吉田 寛 先生 第9回 10年目『ラストイヤー①』
全国大会出場を果たした吉田先生。迎えた教師人生最後の最後。
10年目(2014年・教員最後の年) 部員達は毎年一生懸命考えて新入部員獲得に努めている。しかし、例年の傾向からすると今年は新入部員が少ない年にあたる。そして見事にそうなってしまった。13名しか入部しなかったのだ。全員で51名。思い描くようにはいかないものである。
今年のコンクール自由曲として考えていた曲があったが、申し込み期限が近づいた6月末に変更しなくてはならない状況になってしまった。急いで次の曲を探し始め、偶然見つけたのが、【サリム自伝】という曲だった。しかし、すぐテスト前の部活動停止期間に入ってしまい、曲の練習にとりかかれたのが,定期演奏会の2週間前。他の曲の練習もあり、定期演奏会の第1ステージ(コンクールステージ)で自由曲を披露することができなかったのである。私も生徒も心穏やかではなかった。コンクールに間に合うのだろうかと不安だった。
定期演奏会では、3年生が、今年度で定年を迎える私のために、私の代のOBに声をかけてくれて、OBと現役部員との合同ステージを企画してくれた。練習はリハーサルを含め4回ほど行ったと思う。
自分が教えたOB123名のうちの70数名がステージに上って一緒に歌い、他にもステージには立てなかったが、会場にかけつけてくれたOBもいた。現役と合わせ、全部で120数名の合唱団ができた。
しばらく歌っていないOBもいるはずなので、うまくいかない部分もたくさん出てくるかなと思っていたがとんでもない。厚みのある素晴らしい声で、指揮者の要求にしっかりとついてきてくれ、素晴らしい合唱を聴かせてくれたのである。
合同ステージでは、初代川越高校の音楽部顧問、牧野統先生の作曲した【光よ音の流れよ】という曲も歌ったのだが、統先生の娘さんで川越市合唱連盟の副理事長でもある牧野美紀子さんから、「光よ~を歌って頂きありがとうございました。昨日の演奏会を聞き、あ~父はこの響きこの音楽を求めて作ったのだろうな、と。とても感動いたしました。父に聞かせたかった。」というメールをいただいた。
私にとっての最後の定期演奏会をOBとの合同演奏で締めくくれたことに感謝の気持ちが湧くとともに、何とも言えない充実感を味わわせていただいた。そしてOBからは、一人一人のコメントが入ったアルバムと、さらにお祝いの旅行券までいただいたのである。
「ありがとう。残りの人生なんとか頑張って生きていけそうです。こんな幸せな時を過ごさせてもらえたのだから。」
定期演奏会がすべて終わり、車に荷物を積んで帰ろうとしているところに、3月に卒業したばかりのB君がやってきた。B君は部活動の中心となり、一生懸命部を盛り上げてくれた部員の一人であった。
受験で納得いく結果を得られず、自分の高校生活(部活動を一生懸命やってきたこと)は間違いだったのではないかと悩み、落ち込み、OBとの合同合唱に参加することはもとより、定期演奏会を見に来ることさえも迷っていたという。
しかし思い切って定期演奏会を見に来て、「やっぱり、自分のやってきた高校生活に間違いはなかったと確信できました。」と涙を流しながら私に伝えてくれたのである。定演に来てくれて本当に良かった。そう思ってくれて嬉しかった。部活動を一生懸命やることはやはり素晴らしいことだと思う。
元・埼玉県立川越高校音楽部ー吉田寛先生