「夢の生まれる場所」誕生秘話
私が東京都国分寺市立第五中学校に勤務して3年目の2014年。国分寺市としては東京都中学校吹奏楽コンクール史上初となるA組で金賞を受賞しました。その翌年、コンクールで清水大輔先生作曲の「蒼氓愛歌~三つの異なる表現で~」を演奏することになりました。そこで清水大輔先生に直接ご指導いただく機会があり、初対面となりました。清水先生のご指導は常に笑顔で優しく、楽曲に対する思いや解釈を分かりやすい言葉で丁寧に説明され、生徒たちを導いていただきました。おかげさまでその年も金賞を受賞することができました。
その先輩の後ろ姿を追いかけてきた36期の部員も3年生になり、コンクールで上部大会を本気で目指す目標を立て、結束力を高め、先輩たちよりもたくさん練習してきました。コンクールの本番は実力以上の演奏ができ、生徒たちも自信に満ち溢れていました。しかし、3年連続金賞を受賞し表彰されたものの、残念ながら上部大会への進出はできませんでした。会場の外では、我慢してもこらえきれず、大泣きしている部員たち。みんなを励ましながら、私ももらい泣きしていましたが、こんなに熱い仲間で吹奏楽が大好きなみんなに何かできることはないだろうか…と考えました。そこで最後の定期演奏会のために、演奏しながら感動できる楽曲を贈ろうと思いつきました。そうして楽曲を依頼したのが清水大輔先生でした。
清水先生には「ぜひ子どもたちの胸に響く、泣ける曲を…」とだけ、お願いしました。委嘱をお願いしてから演奏会までは限られた時間だったため、主軸となる旋律部分を作曲していただき、2017年3月の定期演奏会で初演させていただきました。このサプライズな出来事を大変喜び、旋律のメロディーを口ずさみながら3年生は巣立っていきました。
それから2年の月日が経過し2019年6月、ついに満を持して全曲版が完成となりました。本番までの練習時間は2か月弱でしたが、8月のコンクールで演奏、初演することを決めていました。39期の3年生を中心としたメンバーは、先輩たちからの情熱や楽曲のメロディーを継承しながら、全力で音楽を紡いでくれました。部員たちは世の中にはまだ存在しない音楽を、自分たちの力だけで創造する喜びと、一方で不安や迷いを感じながら、それでも等身大の音楽表現に努めていきました。コンクール本番は、コンクールということを忘れるくらい、舞台の上で自分たちの音楽を創り出してくれました。私は、指揮を振りながら胸が熱くなり、いつまでも皆が奏でるこの音に包まれていたいと心の底から感じました。それはこの上ない幸せな時間でした。結果は見事金賞。6年連続金賞を受賞することができました。
清水先生に本校吹奏楽部の印象を伺いました。
『吉澤先生と国分寺市立第五中学校さんの音を最初に聴いたのは蒼氓愛歌の演奏でした。その時のとにかく優しく暖かく包み込むようなサウンドは今でも鮮明に覚えております。その後先生より曲の依頼を頂いた時、このような音を持つ吹奏楽部さんのためにどんな曲を書こうかとワクワクした事もとても覚えております。 2017年に主軸となる旋律部分を4分ほどの小品にして同校の定期演奏会で初演して頂きました。やはりその時の音の感触は最初にイメージしたそのままで、この作品の方向性、雰囲気を掴めたような気がしました。 今作が仕上がり、実際先生と生徒さんの練習立ち合いに伺った際、とても印象深かった事があります。初演の曲を演奏するという行為に生徒の皆さんの一人一人が意志を持ち、曲のイメージを掴み取ろうとするその真摯な姿、音がどんどん変わっていく様子、私自身今まで体験した事のない時間でした。曲を上手に演奏するだけでなく、その意図を汲み取り表現しようとする気持ちに私は強く心を打たれました。音楽で会話をするとはこういう事なのだと私は思いました。 そんな皆さんに拙作を初演して頂けた事は私にとって忘れられない大切な宝物になりました。』
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この「夢の生まれる場所」はジョン・ウィリアムズに大きく影響を受けたという清水大輔先生のエッセンスが詰め込まれている作品だと感じています。金管楽器の華やかなテーマや木管楽器の細やかなパッセージ、打楽器のリズミックな絡み、そして心の奥底から湧き上がるような、美しい旋律。すべてがシンクロし、まさに音の魔術師といった感じで、演奏しながらワクワクとした気持ちが増幅されていきます。どのパートにも活躍する場面があり、清水先生の作品ならではの泣かせるメロディーが胸を打ちます。歌いたいバンドや初心者が多いバンドにもお勧めです。本校が演奏した楽曲は、発売される楽譜とは少し違い、後半の歌う場面が多く構成された、オリジナルバージョンとなっています。
タイトルである「夢の生まれる場所」は清水先生が大切にされていた題目の一つであり、それを本校のためにつけていただいたことに大変感激しております。私は子どもたちが一心に夢に向かい、真善美をもって音楽を奏でる場所こそが国分寺市立第五中学校吹奏楽部であり、まさに「夢の生まれる場所」だと感じています。生徒たちとともに吹奏楽を通じて過ごした夢のような時間は、私にとって生涯忘れられない大切なものとなりました。熱意いっぱいに演奏してくれた部員たちと素晴らしい楽曲を作曲していただいた清水大輔先生に心から感謝しています。ありがとうございました。
いかがでしたか?「夢の生まれる場所」に秘められた背景だけでなく、「作曲の委嘱って何かイメージがわかないよねー」「どんな時に委嘱するの?」など疑問に思われていた方にも、とても参考になる内容でしたね。
音楽にひたむきに取り組み新しい歴史を切り拓くバンド、そのバンドの音に心を動かされる作曲家、作曲家本人からの直接指導という運命の出会いがこの人に自分たちの曲を書いてもらいたいという熱い想いを募らせ、その熱い想いに何とか応えたいと奮い立つ作曲家がバンドと心を通わせ2年以上の歳月をかけじっくり丁寧に作曲。そんな景色が目に浮かぶようなコラムだったのではないでしょうか?
明治大学文学部卒業。元東京正人吹奏楽団トランペット奏者。大学卒業後は堀越高等学校に勤務し吹奏楽部で指揮。2012年より東京都国分寺市立第五中学校に勤務し、吹奏楽部を指導。2018年東京都教育委員会より優れた部活動指導者に贈られる「Good Coach賞」を受賞。現在、日本吹奏楽普及協会 事務局長。